はじめに
2023年に改訂された「冠動脈疾患の一次予防に関する診療ガイドライン」は、心血管疾患の一次予防において、薬物療法の重要性を改めて示しています。本稿では、この改訂版のポイントを、特に薬物療法に焦点を当て、過去のガイドラインとの比較を行いながら詳細に解説します。薬剤師の皆様が、より実践的な薬物療法に活かせるよう、エビデンスに基づいた情報を提供します。
2023年改訂版のポイントと過去版との比較
1. エビデンスの強化と治療目標の明確化
- エビデンスの質向上: 最新のメタアナリシスや大規模ランダム化比較試験の結果が反映され、より強力なエビデンスに基づいた推奨がなされています。例えば、SGLT2阻害薬の心血管イベント予防効果に関するEMPA-REG OUTCOME試験やCREDENCE試験などの大規模試験の結果が、今回の改訂に大きく影響を与えています。
- 治療目標の明確化: 血圧、血糖値、LDL-コレステロールなどの治療目標がより具体的に示され、患者ごとのリスク層に応じた目標値設定が推奨されています。過去のガイドラインでは、治療目標が比較的幅広く設定されていたのに対し、今回の改訂では、より厳格な目標値が設定されるケースが増えています。例えば、高血圧の治療目標は、一般的に130/80mmHg未満が推奨されています。
2. 個別化医療へのシフト
- リスクスコア活用: ASCVDリスクスコアなど、様々なリスクスコアを用いて、個々の患者のリスクを評価し、より最適な治療法を選択することが推奨されています。過去のガイドラインでは、リスク評価は行われていましたが、今回の改訂では、リスクスコアを用いた評価がより重視されるようになっています。
- 遺伝子多型: 将来的には、遺伝子多型に基づいた個別化治療も視野に入れています。現時点では、臨床応用は進んでいませんが、PCSK9遺伝子多型とスタチン系薬剤の効果の関係など、いくつかの研究が進められており、今後の研究の発展が期待されます。
- 多職種連携: 医師、薬剤師、看護師、栄養士など、多職種が連携して患者をサポートすることが重要とされています。過去のガイドラインでも多職種連携の重要性は言及されていましたが、今回の改訂では、より具体的な連携体制の構築が求められています。例えば、薬剤師が中心となって、患者教育や服薬指導を行うことが期待されています。
3. ゼロ次予防の概念導入
- 生活習慣の重要性: 食生活、運動、禁煙といった生活習慣の改善が、薬物療法と同様に重要であることが強調されています。過去のガイドラインでも生活習慣改善の重要性は言及されていましたが、今回の改訂では、ゼロ次予防という概念が導入され、より早期からの介入の重要性が強調されています。
- 地域社会への働きかけ: 地域住民への健康教育や、生活環境の改善など、より広範な視点からの予防が求められています。
4. 薬物療法における主な変更点
- スタチン系薬剤: 高用量スタチンの効果が再確認され、より積極的な使用が推奨されています。過去のガイドラインでは、スタチンの副作用に対する懸念が大きかったため、比較的低用量での使用が推奨される傾向がありましたが、今回の改訂では、その効果が再評価され、高用量での使用が推奨されるケースが増えています。
- PCSK9阻害薬: スタチン系薬剤で目標値に達しない高リスク患者への適応拡大が示唆されています。過去のガイドラインでは、PCSK9阻害薬は高額な薬剤であったため、使用が制限される傾向がありましたが、今回の改訂では、その効果が認められ、適応拡大が期待されています。特に、遺伝子多型に基づいた選択的な使用が検討されています。
- SGLT2阻害薬: 心血管イベント予防効果が認められ、糖尿病患者だけでなく、慢性腎臓病患者への適応拡大が推奨されています。過去のガイドラインでは、SGLT2阻害薬は血糖降下薬として位置づけられていましたが、今回の改訂では、心血管保護効果も認められ、その適応範囲が広がっています。
- ARB: 腎保護効果が強調され、慢性腎臓病患者への使用が推奨されています。過去のガイドラインでもARBの腎保護効果は知られていましたが、今回の改訂では、その効果が改めて強調され、慢性腎臓病患者への使用がより積極的に推奨されています。
- 新しい薬剤の登場: GLP-1受容体作動薬やSGLT2阻害薬とSGLT1阻害薬の併用薬など、新しい薬剤が登場し、治療の選択肢が広がっています。
薬剤師の役割
薬剤師は、これらの変更点を踏まえ、以下の役割を担うことが期待されます。
- 患者への説明: 薬の効果、副作用、服用の仕方などを分かりやすく説明し、服薬アドヒアランスを向上させます。
- 薬物相互作用の確認: 複数の薬剤を併用する患者さんに対して、薬物相互作用に注意し、安全な薬物療法をサポートします。
- 副作用のモニタリング: 副作用が出現した場合には、医師に報告し、適切な対応を行います。
- 生活習慣改善の支援: 患者さんの生活習慣改善をサポートし、薬物療法の効果を高めます。
- 最新のエビデンスに基づいた情報提供: 常に最新のガイドラインや論文を参照し、患者さんに適切な情報を提供します。
- 多職種連携: 医師、看護師、栄養士など、他の医療従事者と連携し、患者ケアを行います。
まとめ
2023年改訂版のガイドラインは、よりエビデンスに基づいた、そして個々の患者に合わせた治療を推奨しています。薬剤師は、これらの変更点を理解し、患者さんに最適な薬物療法を提供できるよう、日々研鑽を積んでいくことが求められます。

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